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最高裁判所第二小法廷 平成9年(オ)434号 判決

平成九年(オ)第四三四号上告人・同第四三五号被上告人

旧姓横山

大城友美

平成九年(オ)第四三四号上告人・同第四三五号被上告人

横山欣也

平成九年(オ)第四三四号上告人・同第四三五号被上告人兼右法定代理人親権者

横山とみ子

右三名訴訟代理人弁護士

大田朝章

島袋秀勝

同訴訟復代理人弁護士

天方徹

平成九年(オ)第四三四号被上告人・同第四三五号上告人

沖縄医療生活協同組合

右代表者理事

仲西常雄

右訴訟代理人弁護士

加藤済仁

松本みどり

岡田隆志

同訴訟復代理人弁護士

桑原博道

主文

一  原判決主文第一項を次のとおり変更する。

第一審判決を次のとおり変更する。

1  平成九年(オ)第四三四号被上告人・同第四三五号上告人は、平成九年(オ)第四三四号上告人・同第四三五号被上告人横山とみ子に対し一四一四万円、同大城友美及び同横山欣也に対し各六五七万七〇九九円並びにこれらに対する平成四年七月一六日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  平成九年(オ)第四三四号上告人・同第四三五号被上告人らのその余の請求を棄却する。

二  訴訟の総費用は、これを二分し、その一を平成九年(オ)第四三四号上告人・同第四三五号被上告人らの、その余を平成九年(オ)第四三四号被上告人・同第四三五号上告人の負担とする。

理由

一  平成九年(オ)第四三四号上告代理人大田朝章、同島袋秀勝の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及び記録に現れた本件訴訟の経過に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は、違憲をいう点を含め、独自の見解に立って原審の右判断における法令の解釈適用の誤りをいうか、又は原審の裁量に属する慰謝料額の算定の不当をいうものであって、採用することができない。ただし、職権をもって判断したところ、平成九年(オ)第四三四号上告人・同第四三五号被上告人横山とみ子(以下「一審原告とみ子」のようにいう。)の損害額の認定に関する原審の判断に違法があることは、後記四のとおりである。

二  平成九年(オ)第四三五号上告代理人加藤済仁、同松本みどり、同岡田隆志の上告理由第三及び第四について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原審の右判断における法令の解釈適用の誤りをいうか、又は原審の裁量に属する慰謝料額の算定の不当をいうものであって、採用することができない。

三  同第一及び第二について

1  本件は、国民年金法に基づく障害基礎年金及び厚生年金保険法に基づく障害厚生年金(以下、併せて「障害年金」という。)の受給権者であった横山博信(以下「亡博信」という。)が医師の過失に基づく医療事故により死亡したため、その相続人である一審原告らが、右医師の使用者である平成九年(オ)第四三四号被上告人・同第四三五号上告人(以下「一審被告」という。)に対し、民法七一五条一項に基づき、亡博信の得べかりし障害年金相当額等の賠償を請求した事案である。

原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。

(一)  一審原告とみ子は亡博信の妻、同友美は長女、同欣也は長男である。

(二)  亡博信は、平成四年七月初旬ころから、一審被告が経営する中部協同病院に入院していたが、同月一五日、同病院の担当医師が亡博信に胃瘻造設術を施すに当たり、誤ってその腹部内の動脈に穿刺針を刺入したため、翌一六日、復腔内出血による出血性ショックにより死亡した(以下「本件事故」という。)。

(三)  亡博信は、本件事故当時、第一級障害者として、国民年金法に基づく障害基礎年金として年間一三二万四八〇〇円(うち二人の子の加給分各二〇万九一〇〇円、合計四一万八二〇〇円)、厚生年金保険法に基づく障害厚生年金として年間一二〇万〇九〇〇円(うち妻の加給分二〇万九一〇〇円)の合計年間二五二万五七〇〇円の障害年金を受給していた。

(四)  一審原告らの本件事故当時における生計は、右障害年金により維持されていた。しかし、亡博信は、本件事故により死亡したため、右障害年金の受給権を喪失した。

(五)  一審原告とみ子は、亡博信によって生計を維持していた妻として、平成四年八月分以降、国民年金法に基づく遺族基礎年金として年間一一四万三五〇〇円、厚生年金保険法に基づく遺族厚生年金として年間五九万五一〇〇円の合計年間一七三万八六〇〇円を受給している(以下、併せて「遺族年金」という。なお、その後、受給額は改定されている。)。支給を受けることが確定した遺族年金の額は、平成四年八月分から原審口頭弁論終結の日の属する平成八年八月分までの合計七一四万一七一三円である。

2  原審は、次のとおり判断して、加給分を含めて亡博信の受給していた障害年金の逸失利益性を肯定した。

(一)  国民年金法に基づいて支給される障害基礎年金も厚生年金保険法に基づいて支給される障害厚生年金も、当該受給権者に対して損失補償ないし生活保障をすることを目的とするとともに、その者の収入に生計を依存している家族に対する関係においても同一の機能を営むものと解されるから、不法行為により死亡した者は、得べかりし障害年金を逸失利益として同額の損害賠償請求権を取得し、その相続人は、加害者に対してその賠償を請求することができるものと解される。したがって、亡博信の相続人である一審原告らは、亡博信の得べかりし障害年金相当額の損害賠償請求権を相続により取得し、一審被告に対してその賠償を請求することができる。

そして、亡博信は、本件事故当時、日常生活のほとんどの面で介助を必要とする状態にあり、将来においてもその改善は困難であったが、その外の同人の身体的、精神的状況を総合すると、亡博信が同年齢の健康な平均的男子より特に短命であるとは認められず、亡博信は、本件事故により死亡しなければ、平均余命までその後三一年間、障害年金を受給することのできたがい然性が高いものと認められる。

(二)  さらに、障害基礎年金受給額のうち子の加給分については、その子が一八歳に達した日以後の最初の三月三一日が終了するまで(国民年金法三三条の二第三項六号本文)、また、障害厚生年金受給額のうち妻の加給分については、妻が六五歳に達した月まで(厚生年金保険法五〇条の二第三項、四四条四項四号)、それぞれ加算して支給されるから、これらの亡博信の得べかりし障害年金に含まれる。

3  所論は、要するに、(1) 障害年金と従来判例において逸失利益性が肯定されてきた老齢年金等とは、その趣旨・目的等を異にするものである上、障害年金については、国民年金法及び厚生年金保険法上、受給権者の障害の程度の変更により、その額が改定され、又は支給を停止するものとされているから、障害年金はその存続が確実であるということはできず、その受給権の喪失を損害と認めることはできない、(2) 少なくとも、子の加給分については、国民年金法上、子が一八歳に達すること以外にも、死亡、婚姻、養子縁組等の事由があるときは加算されなくなり、妻の加給分については、厚生年金保険法上、妻が六五歳に達すること以外にも死亡、離婚等の事由があるときは加算されなくなるから、子及び妻の加給分は存続が不確実であって、その受給権の喪失を損害と認めることはできない、というのである。

4  そこで検討するに、原審の前記(一)の判断は是認することができるが、(二)の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

(一)  国民年金法に基づく障害基礎年金も厚生年金保険法に基づく障害厚生年金も、原則として、保険料を納付している被保険者が所定の障害等級に該当する障害の状態になったときに支給されるものであって(国民年金法三〇条以下、八七条以下、厚生年金保険法四七条以下、八一条以下参照)、程度の差はあるものの、いずれも保険料が拠出されたことに基づく給付としての性格を有している。したがって、障害年金を受給していた者が不法行為により死亡した場合には、その相続人は、加害者に対し、障害年金の受給権者が生存していれば受給することができたと認められる障害年金の現在額を同人の損害として、その賠償を求めることができるものと解するのが相当である。そして、亡博信が本件事故により死亡しなければ平均余命まで障害年金を受給することのできたがい然性が高いものとして、この間に亡博信が得べかりし障害年金相当額を逸失利益と認めた原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認するに足りる。

(二)  もっとも、子及び妻の加給分については、これを亡博信の受給していた基本となる障害年金と同列に論ずることはできない。すなわち、国民年金法三三条の二に基づく子の加給分及び厚生年金保険法五〇条の二に基づく配偶者の加給分は、いずれも受給権者によって生計を維持している者がある場合にその生活保障のために基本となる障害年金に加算されるものであって、受給権者と一定の関係がある者の存否により支給の有無が決まるという意味において、拠出された保険料とのけん連関係があるものとはいえず、社会保障的性格の強い給付である。加えて、右各加給分については、国民年金法及び厚生年金保険法の規定上、子の婚姻、養子縁組、配偶者の離婚など、本人の意思により決定し得る事由により加算の終了することが予定されていて、基本となる障害年金自体と同じ程度にその存在が確実なものということもできない。これらの点にかんがみると、右各加給分については、年金としての逸失利益性を認めるのは相当でないというべきである。この点に関する原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法がある。

5  そして、本件事故当時における亡博信の逸失利益の現価は、本件事故がなければ亡博信に支給されたがい然性の認められる障害年金の年額一八九万八四〇〇円(亡博信の前記障害年金受給額から子及び妻の加給分を控除した金額)から亡博信の生活費及び介助費用相当額を控除した年額二三万三八〇〇円に、新ホフマン係数18.4214を乗じた四三〇万八三九七円(円未満切捨て。以下同じ。)となる。

6  一審原告友美及び同欣也は、それぞれ亡博信の右逸失利益及び慰謝料一〇〇〇万円についての損害賠償請求権を法定相続分各四分の一の割合に従って取得したものであり、これに原審の認定したその余の損害各三〇〇万円を加えると、一審原告友美及び同欣也の本件請求は、各六五七万七〇九九円及びこれに対する不法行為の日である平成四年七月一六日から各支給済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、それぞれ理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべきものである。したがって、前記加給分の逸失利益性に関する原審の判断の違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであり、論旨はこの限度で理由がある。

四  さらに、職権をもって一審原告とみ子の損害額について判断する。

1  国民年金法及び厚生年金保険法に基づく障害年金の受給権者が不法行為により死亡した場合において、その相続人のうちに、障害年金の受給権者の死亡を原因として遺族年金の受給権を取得した者があるときは、遺族年金の支給を受けるべき者につき、支給を受けることが確定した遺族年金の額の限度で、その者が加害者に対して賠償を求め得る損害額からこれを控除すべきものと解するのが相当である(最高裁昭和六三年(オ)第一七四九号平成五年三月二四日大法廷判決・民集四七巻四号三〇三九頁参照)。そして、この場合において、右のように遺族年金をもって損益相殺的な調整を図ることのできる損害は、財産的損害のうちの逸失利益に限られるものであって、支給を受けることが確定した遺族年金の額がこれを上回る場合であっても、当該超過分を他の財産的損害や精神的損害との関係で控除することはできないというべきである。

2  これを本件について見ると、前記三1のとおり、一審原告とみ子は、亡博信が本件事故により死亡したため、国民年金法に基づく遺族基礎年金及び厚生年金保険法に基づく遺族厚生年金を受給しており、支給を受けることが確定した遺族年金の額は、七一四万一七一三円である。他方、一審原告とみ子は、亡博信の前記逸失利益及び慰謝料についての損害賠償請求権を法定相続分二分の一の割合に従って取得したものであり、これに原審の認定したその余の損害九一四万円を加えると、その損害額は合計一六二九万四一九八円となる。これから右相続に係る逸失利益分二一五万四一九八円の限度で右遺族年金を控除すると、一審原告とみ子の本件請求は、一四一四万円及びこれに対する不法行為の日である平成四年七月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべきものである。原審は、右遺族年金をもって相続に係る逸失利益分以外の一審原告とみ子の損害からも控除しているところ、この点に関する原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法もまた原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

五  以上に説示するところに従い、これと異なる第一審判決は右のとおり変更されるべきであるから、原判決主文第一項を本判決主文第一項のとおり変更することとする。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官北川弘治 裁判官河合伸一 裁判官福田博 裁判官亀山継夫 裁判官梶谷玄)

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